大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和29年(ヨ)3677号 決定 1954年12月28日

申請人 千土地興業株式会社

被申請人 千土地労働組合

主文

被申請組合は申請会社役員ならびに被申請組合と申請外千土地第二労働組合に各所属する組合員をのぞいた申請会社従業員が別紙目録第一ないし第三記載の建物(但し第二記載の建物のうち組合事務所ならびにこれに至る通路を除く)に出入することを実力をもつて妨げてはならない。

みぎの禁止は言論による説得ならびに団結による示威に及ぶものではない。

(注、保証金十万円)

理由

当事者双方の提出した疎明資料によつて当裁判所の一応認める事実関係ならびにこれに基く判断はつぎのとおりである。

一、争議に至る経過

申請人は肩書地に本社を置き、歌舞伎座、大阪劇場、アシベ劇場外数ケ所で劇場等を経営し、従業員八三五名を擁して興行を目的とする会社(以下会社という)であり、被申請組合はその従業員(後記の十二月十二日の協定成立当時五二二名)を以て組織される労働組合(以下組合または第一組合という)であるが、組合は夏季手当を要求して昭和二九年六月下旬なしたストライキの結果会社より争議解決金を支給する旨の協定をかち得、爾来その解決金の金額等をめぐり会社組合間に労資協議会や団体交渉(以下団交という)を通じて交渉を重ね意見の一致を見ないうちに更に組合より年末手当の要求を追加したが、これら解決金並びに年末手当の金額に関して屡次にわたる団交によるも妥結をみないで、組合は同年十二月十二日午前〇時より再びストライキに入つた。事態ここに至つて会社もみぎストの収拾を期し同日漸く会社組合間に夏季手当解決金を四、一三三、八五九円(但しストライキ中の賃金一、六〇四、三〇四円を差引く)とし、年末手当を一般従業員は基準内賃金の一・三月分、大道具係は基準内賃金の一・八二ケ月分、歌劇技芸員は基準内賃金の一、三ケ月分プラス出演料一日分の三四・六日分、何れも同月十五日を支給日とする旨の協定ならびに(一)解決金については今後第二組合に対し一、〇二〇、八六五円以上如何なる名目でも一切支給しない。(二)会社は今後第一組合との労働協約を遵守し、統一のため誠意をつくすことを確約する旨の各覚書を含む協定書を作成し、双方の代表者が署名調印するに至つて、みぎのストライキは中止された。

ところで、みぎ覚書(二)の取決めがなされた所以は、前記六月のストに際して組合分裂の事態を生じ、新しく生れた申請外千土地第二労働組合の発足の事実と、会社及び第一組合間の労働協約にユニオン・ショップ約款(三条)及び除名解雇約款(一七条)がある関係から、第一組合が団交を通じて会社に対し完全ユニオン・ショップ制の実施を強く要求していたので、この点に関し、会社も両組合の統一実現のために協力することを確約するに至つたものである。

然るに会社は組合において第二組合の幹部の首切りを要求して近く再びストをやるとの巷間の風評に基いて、みぎ解決金等の支給当日の十五日の正午すぎ、突如として組合に対し、申入書をもつて(一)十二月及び一月中は名目の如何を問はず一切の争議をしない。(二)もしこれに違反して争議に突入したときは組合役員を解雇するも組合において異議なきこと。(三)みぎ二項目に対する回答期限を同日午後三時とし、みぎ期限までにこれを受諾しないときはみぎ協定を白紙に還元すると通告した。組合はかかる一方的な申入に極度に憤慨し、会社のみぎ要求を拒否し会社のみぎ申入書の撤回、夏季手当解決金並びに年末手当の即時支給を要求して同日午後六時以降再び本件ストライキに入つたものである。

ちなみに、第二組合員は会社の前記同様の申入を受諾したので、同日すでに年末手当の支給を受けている。

二、争議行為の状況

組合は十二月十五日みぎストライキに入るとともに、総評および傘下組合員等の応援を得て申請会社所有の歌舞伎座及び大阪劇場(以下大劇という)並びに申請会社の占有中のアシベ劇場の各建物(別紙第一ないし第三物件目録記載の各建物、以下本件建物という)の各出入口の内外にピケラインを張り、大劇地下の組合事務所を中心として主力を歌舞伎座及びこれと指呼の間にあるアシベ劇場及び大劇に注いだ。第二組合員等は第一組合のスト突入と同時に職場を離脱し同月十九日朝まで申請会社経営の戎橋劇場横第二組合事務所等に集結しており、その間十二月十六日会社より就業命令をうけたが、第一組合との摩擦を避け強いて本件建物内外のピケライン突破を試みなかつたし、又会社側役員及び部課長の出入も十九日朝まではおおむね自由であつた。

その後の状況は次の通り

(イ)  歌舞伎座の場合

十二月十九日午前十時頃申請会社の部課長数人が歌舞伎座玄関のピケライン通過を求めたので男子四名女子二六名のピケ隊が入口の扉を開けた途端、第二組合の男子従業員等約四〇名が喚声をあげて殺到し、みぎピケラインを強行突破して入館したので、応援に馳けつけた第一組合員等との間に一触即発の対立状態となつたが、第二組合員等は正午すぎ任意退去しその際各所で第一組合側との間に押合、なぐり合いが起きた。同日午後は数百名に達する第二組合員、第一組合員等がにらみ合いの状態となり、同日午後六時すぎ第二組合員等約四〇名は警察員の実力行使とその護衛誘導の下にそのピケラインを破つて同建物広間に入り、多数の応援監視隊と対峙してもみあううち、午後七時頃申請会社は第一組合に対して歌舞伎座全館、アシベ劇場、労働組合事務所を除く大劇外一ケ所の申請人施設を閉鎖し、立入を禁止する旨のいわゆるロックアウト通告を発した。

同日午後十一時頃南警察署において警察員のあつせんで会社第一、第二両組合の三者間に、争議前の保安要員十四名及び第一、第二組合員各五名宛を警察員立会の上保安監視に残して翌二〇日午前十時まで双方とも全員退去する旨の、いわゆる冷戦協定の成立、直ちに実施され、翌二〇日午後再度警察員のあつせんもあつたため、館内についてはその後事実上右冷戦状態が続いている。併し歌舞伎座前では同日以後組合のピケッティングは強化され申請会社株主の株式名義書換のための出入は勿論会社役員、第一組合員以外の従業員の入館も阻止されている。

(ロ)  アシベ劇場の場合

同館にも十二月十九日申請会社の課長支配人及び第二組合員が一階名品店入口から館内に入り、館内にいた少数の第一組合監視員を退去させ、内部から錠前やロープ等を以て正面扉の戸締りをし、館内の占有を回復した。その後館の外側正面には第一組合員等によるピケが張られ、同劇場の支配人等は同館一階にある名品店の電話交換室を通つて出入している。

(ハ)  大阪劇場の場合

大劇については十二月十五日スト突入と同時に組合は正面玄関のシャッターを降し劇場内部は予め会社組合間に取決められていたストライキ中の保安要員の手により監視保管されている関係から、組合は十二月十九日以後正面玄関前のピケッティングを強化し、現在では劇場支配人に対し劇場への立入に組合の証明書を要求しその自由なる出入を拘束し、又大谷衣裳部の人達の入場を阻止している。

本件各物件についての組合の争議状況は以上のとおりであつて一応小康状態を取戻しているとはいえ、会社が将来本件物件を利用して興行の強行をはかるにおいては、忽ち機動的にピケラインの要所に監視員を集中強化して申請会社役員、第一組合員以外の従業員ならびに顧客の自由なる交通を阻止する危険性が多分に現存するといわなければならない。

三、ピケッティングの当否

組合が前記協定の即時履行を要求してストに入り、そのピケラインにおいて会社役員、第一、第二組合員を除く会社従業員に対し本件建物への出入につき言論による説得行為又は団結による示威の方法によつて心理的影響を加えながら、しかもその自由意思によつて出入を決し得る余地を残す程度に働きかけ、これによつて会社の業務運営に打撃を与えることは勿論何等違法でない。しかしながら、たとえ会社に後記の如き協定に違反する行為等が認められるにせよそれには又別にそれぞれ救済の途が拓かれているのであつて、会社の行為ないし態度を非難し、あるいは組合の統制外の従業員によるスト破りをおそれるあまり、組合によるピケがみぎの程度を超え実力行使によつて本件各建物に対する出入を阻止することは、みぎの限度を逸脱する限において許されないといわなければならない(この点については、第二組合員に対するピケについても同様であるけれども未だその必要性を認め難いこと後記のとおりである)。

四、仮処分の必要性及びその程度について

(一)  前述のような越軌行為が現存し将来も生起する可能性の濃厚な本件において会社としては、本件建物の所有権ないし占有権に基いて組合の適法性の範囲を逸脱したみぎ妨害行為の危険性を排除できるわけであつて、かかる違法な妨害行為の繰返される危険性を緊急に排除する必要性の存することも明らかである。被申請人は組合が会社との間に締結した冷戦協定がなお有効に存続する以上本件仮処分申請は許されないと主張するけれどもみぎ冷戦協定は単に会社、第一、第二両組合間の摩擦による混乱を収拾予防するための暫定的措置に過ぎず、これによつて会社が司法的救済の道を閉されたものとは、その成立の経過に徴し認め難い。

(二)  しかしながら

1  そもそも本件争議の原因は、会社が昭和二九年十二月十二日夏季手当解決金及び年末手当に関する前記協定を協定成立より僅か三日後の、しかもみぎ手当支給当日である同月十五日前記申入書により組合にとり重大な内容を含む二項目の要求事項をかかげて新しい提案をなし、みぎ解決金等の支給をその要求事項の受諾に係らしめるというが如き措置に出て、みぎ協定を一方的に破棄ないし白紙還元する行動に出たことに起因するものである。これは会社が師走、正月興行中の争議を恐れるあまり、かえつて組合をして争議に駆り立てたようなもので、結果的には自ら誘発したものとみられてもやむを得ない。

2  ところで前記協定は一旦有効に成立した以上両者間の労働協約第四十八条により労働協約と同一の効力を有し、会社はかかる申入書によつて、右協定を一方的に破棄ないし白紙還元することは、到底許されないのであつて、会社はあくまで右協定上の支給義務を負うものである。

3  組合の争議目的は前記申入書による申入の撤回及びみぎ協定による夏季手当解決金等の即時履行に尽きるのであつて、みぎ解決金等についてはすでに十二月十五日に支給すべき筈のものであり、又前記申入書の第一項の「十二月及び一月中は名目の如何を問はず一切の争議行為は行わない」との要求事項については団交による解決の道も残されているのであるから、会社が組合の争議目的たる要求を容れることは会社に難きを強いることにはならない。むしろ、みぎ解決金等の支給に関する限り、組合の要求は極めて至当のものである。

この点は、普通の争議にみられるように、団交において賃上等に関し労使の主張要求に距りがあつて歩み寄りがつかず賃上げ等を争議目的としてストに突入するような場合とその性格を異にするのであつて、申請会社において、みぎ協定を履行するにおいては、本件争議は自ら解決すべきものである。

4  会社及び組合間に、会社は組合に対し協約上のユニオン・ショップ約款及び除名解雇約款を再確認してこれを遵守すると共に第一、第二両組合の統一のため誠意を以て協力する旨の覚書(二)の協定が成立したに拘らず、会社は第一組合に対しては、前記の如く申入書による要求事項を拒否したことを理由に夏季手当解決金等の支給をしないに反し、第二組合員に対してはその受諾を理由にすでに支給当日の十二月十五日年末手当の支給を了している。

5  第一組合のスト中に会社が第二組合員に対して就業命令を発し、その就業によつて劇場、映画の再開をはかることは、みぎ覚書(二)の根本精神に反するものであつて、それにも拘らずこれを強行することは労働良識に照し許されないものと解すべきである。

6  以上1ないし5記載の事情に本件争議の経緯を考え合せると会社が第一組合に対し夏季手当解決金等を支給していない現段階において第二組合員の出入妨害禁止を求める限度においては、その必要性を欠くものといわなければならない。従つて又第二組合員の就業による営業の再開を前提として、顧客の出入妨害禁止を求める点についても、亦その必要性を欠くものといわざるを得ない。

(三)  立入禁止について

申請人は所有権ないし占有権に基き立入禁止を求めるのであるが、前記十二月十九日のピケライン突破の際歌舞伎座正面玄関入口のガラス戸一枚及びその内部の階段ならびに電飾燈覆が破壊したことは認められるが、何人によるものであるか判然としないのみならず、前記争議の推移等の事実に徴するときは双方もみあいの際に起つた偶発的事故とも解せられるのであつて、これを組合による右建物破壊の意思の連続的発動とみて、かような建物破壊の危険性が現存すると認めるのは困難であり、アシベ劇場において正面扉に戸締りを施してあること同劇場に争議開始後一時被申請組合員が立入つたことは認めうるが、前記争議の経過等の事実に徴すればこれによつて組合による右建物の全面的占拠の意思の連続的発動とまでみてかかる占拠の危険性があるものとは認められない。大劇についても亦同様である。

いわゆるロック・アウトの効力として立入禁止を求める申請人の主張については、就労を命じて派遣した第二組合の従業員がピケ隊と対抗中、同一作業場の第一組合員のみを対象として発せられた経緯に徴すればむしろ、所有権ないし占有権に基く明渡請求に帰着し、その必要性のないこと前段に述べた通りである。従つて、本件建物に対する立入禁止を求める仮処分申請はその必要性がないものといわなければならない。

五、以上の次第で申請会社の本件仮処分申請を主文表示の限度で許容し、申請会社に保証として金拾万円を供託させた上、主文のとおり決定する。

(裁判官 坂速雄、木下忠良、園部秀信)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例